2005年7月26日(火) 晴れ
昨日の疲れで、朝起きられるのか心配だったが、5時に目が覚めた。
6時に食堂に降りて行く。昨日はもう一歩も歩けないと思って宿に入ったが、朝になると歩ける。気持ちがそのようになる。これは毎年同じ。
青年と大和さんと一緒に食事をする。3人とも宇和島まで行くのだが、まだだれも宿を予約していない。宇和島には宿がたくさんあるので、同じ宿になることはないだろう。もしかすると一宿のご縁だけで終わるかもしれない。
私は他の方々より早く、6時半に宿を出た。しばらくは海沿いの国道を歩く。台風の影響で風が強めだ。それがかえって心地よい。歩きはじめの数百メートルは一歩一歩激痛が走るが、きっとマメの中の水が固定してくるのだろう、不思議に痛みが治まる。これは昨年までにすっかり慣れっこになっている。
出足は時速5キロくらいで歩ける。快調に歩いているなあと思えるのだ。
海の風景を楽しみながら歩く。7〜8キロ歩き、休憩所で休んでいると、な、なんと青年に追いつかれてしまった。彼は私より30分後に宿を出たそうだ。時速6キロで歩くとのこと。私はここまで数回休憩したが、彼は宿を出て初めての休憩だと言う。う〜ん!若い人にはかなわないと心底思った。
ここで今日の宿を予約する。私は宇和島市に入ってすぐのところにあるビジネスホテルを予約した。青年は、宇和島市を越えたところにある宿を予約していた。宇和島城を見学してからゆっくりと宿に入るそうだ。私も城好きなので、ぜひとも見学したいと思ってはいるが、30数キロ歩いて城を見学する元気が残っているか、城の見学時間に間に合うのか不安だった。
青年はそこで別れると、あっという間に見えなくなってしまった。
ここから国道は海と別れて山の方に進んで行く。
登り下りの峠をいくつも越えるのだ。途中にいくつものトンネルがある。その中の数個のトンネルは、車用と人用に別れていた。
もちろん私は人用のトンネルを歩いたのだが、これはうれしい配慮だ。人と車と共有のトンネル内では排気ガスが充満していて、トラックやバスが通りすぎるとその風であおられて怖い思いを何度もしてきた。
涼しい風が通り過ぎるトンネルの中をゆっくりと歩いた。
国道を離れ、生活道路を歩く。だんだんと陽が高くなり、風もおさまって、暑さも厳しくなってきた。するととたんに速度が遅くなり、休憩の回数が増える。
四国を歩いていて嬉しかった事のひとつに、自転車に乗っている学生さんがよく挨拶してくれる。
「こんにちは〜」
と・・・。それに答えるとなんとなく元気になるから不思議だ。
川の土手で一休みした後、再び国道に戻った。
街中に入ると、カラオケ喫茶が多いのに驚かされる。
そこに入りたい衝動に駆られる。リュックを降ろして冷たいタオルで顔や手を拭いて、ギンギンに冷えたアイスコーヒーを飲む。そして、ウエストポーチからレーバンのサングラスを出してかける。マイクを手に、私の十八番の井上陽水の『新しいラブソティー』を歌うのだ。
♪夢を〜、果てしのない夢を〜♪
結局、カラオケ喫茶に入ることはなかった。でも、この歌はカラオケ喫茶を見るたびに歩きながら歌っていた。
今日の行程には札所はない。本日のメインは、悪名高い松尾トンネルを抜けることだ。このトンネルは全長1.7キロもある。車で走ればたいした事はないが、この距離を歩くのには30分近くかかる。中は排気ガスが充満していて、交通量も多く騒音もひどい。入口から出口はもちろん見えない。いろいろな遍路記を読むとマスクが必需品だと書かれている。マスクの持ち合わせがないのでこのまま通るつもりでいる。トンネルの上を越える遍路道があるそうだが、距離は長くなり、坂は急で私はその道を行く気はなかった。
トンネルの入口に立ったときに緊張した。そこで、このトンネルを無事に抜けたら自分のご褒美においしいものを食べようと決めた。トンネルを抜けると、食堂が何軒かあるのだ。
覚悟を決めてトンネルに入る。
トラックがバスが私の横を通過する。しかし、歩道が完備されていてその恐怖はあまりない。排気ガスは多少臭うが我慢できないほどではない。
噂に違わずすごい轟音。この音は自動車の音ではなく、天井についている大型換気扇の音だった。
5分、10分歩いても出口が見えないというのはやはり恐怖だ。閉塞感で体や気持ちが押しつぶされそうになる。壁には、出口まであと何メートルと書かれた表示板がある。それを見ながら、「あと1000メートル」「あと600メートル」と言い聞かせて歩いた。出口が見えたときにはほっとした。
トンネルを出て、レストランに入った。イタリアンレストランで、メインがパスタ料理だった。私はパスタの種類なんてよく分からない。ミートソースとナポリタンしか知らないのだ。ここに入ったのが失敗だったなと思った。更に、白衣を着たお遍路さん姿はこの店には似合わない。場違いという印象だった。でも、せっかく入ったのだから食べたことのないパスタをと、カルボナーラというものを注文した。先に出てきたアイスコーヒーを一気に飲み、その後に出てきたのは蕎麦でたとえるのならば、汁がチーズの蕎麦。そんな感じかな・・・。それでも松尾トンネルを越えた自分へのご褒美としていただいた。でも、半分しか食べることができなかった。これは味が云々と言うのではなく、体が受け付けなかったのだ。遍路に出ると、食欲がぐっと落ちることは毎年経験している。
1時間足らずでも冷房のきいた店にいると体温が下がり、歩きが快調になる。しかし、午前中の歩きで体が疲れていることには変わりなく、その上炎天下の国道は体力を消耗する。数キロ歩いて休む。その歩く距離がだんだんと短くなり、休憩が長くなるという状態になっていった。
松山まで100キロの標識を見たときには、よくぞここまで歩けたなと自分で誉めた。でも、まだ松山まで100キロもあるんだと気持ちが沈んでもきた。
宇和島市内に入ったころには完全にノックアウト寸前のボクサーのようにヘロヘロだった。
すぐにドラッグストアを見つけて入った。昨晩大和さんから借りた薬の名前をメモしてあったので、それと同じものを買おうと思った。
残念ながら同じ物はなかったが、売場のお姉ちゃんのお勧めの薬を購入した。
時間は四時前だった。これは宇和島城を見学できると思った。歩いている人に、
「お城はどこですか?」
と聞くと、
「この道を真っ直ぐに行けばいい」
と教えてくれた。
しかし、行けども行けども城が見えない。再び尋ねた。
「この道の先だ」
と教えてくれた。
それではとまた進む。しかし、いくら歩いても城はない。
城は山の上にあり、町のどこからでも見えるという先入観がいけなかったようだ。道に迷い、最終的に聞いた人が、
「あそこに見える森」
と教えてくれた。
な〜んだ!その森ならば、何度も通り越している。
この城は町のどこからでも見えるものではなかったのだ。
足を引きずるように、城門にたどり着くとすでに閉館時間は過ぎていた。
城の近くのビジネスホテルに入った。いつものごとく、風呂と洗濯を済ませた。このホテルの屋上にビアガーデンがあるとのこと。夕食はそこで食べ放題飲み放題2000円というのに決めた。
夕方の風は涼しく、美味しくビールをいただけた。
残念だったのは、その屋上からもお城は見えなかったということ。
実は高校時代に友達と四国を旅したときに宇和島城に来ているのだ。30数年振りの対面はかなわなかった。
翌日は早めに宿を出て、3つの札所を打つ。最後に難所の峠越えがある。少し早めに床に入った。

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