2006年7月23日(日) 曇りのち雨
いよいよ今年も夏遍路に出発する。
今年は香川県を歩く。そして4年間の遍路の結願の年でもある。
期間は昨年と同じ17日間。職場の夏休みの5日間と有休7日間。土日を入れての17日間だ。
香川は7〜8日間で歩き終えると計画した。すると残りの期間をどうしようか迷った。
第1案は高野山へ行く。
第2案は結願をしたら小豆島に渡って小豆島八十八ヶ所を歩く。
第3案は徳島に戻り2周目に突入する。
第1案は高野山に行っても日数があまってしまう。昨年2週間びっしりと歩けたのだから今年も同じくらい歩きたいという気持ちがある。そして、高野山には紅葉の季節に、毎夏遍路をするわがままを許してくれる女房と一緒に行ければと思いこの案は削除した。
第2案と第3案の選択は出発の1週間前まで悩みに悩んだ。
小豆島八十八ヶ所霊場にも心がひかれた。ただ、四国と同じように宿がとれるのか、歩いて何日かかるのか、色々な面でわからないことが多かった。そこで小豆島霊場会にメールを送って色々アドバイスを受けようと思った。しかし、小豆島霊場会からは梨の礫だった。これは多分、お大師様からまだ小豆島を歩く機が熟していないよというお伝えだと思い、第3案の2周目突入案に決めた。
今年の遍路では楽しみなことがある。それは昨年5泊一緒に歩いた滋賀の長浜さんが数日間一緒に歩こうと言ってくれたことだ。長浜さんは昨年の夏に歩き遍路を結願した後、今年は毎月1回バスで1泊もしくは日帰りのツアーでまわっているそうだ。
長浜さんは豪快な人柄で、常に明るく周りの人たちを楽しくさせてくれる方。再会し更に一緒に歩けるということは私にとって最高に嬉しいこと。出発の日が楽しみでならなかった。
今年はまだ梅雨が明けない。昨年の灼熱の遍路と違って、雨の遍路を覚悟した。
早朝3時に起きる。始発電車に乗って新横浜まで行き、そこから新幹線で岡山。そこで在来線に乗り換えて四国入りをする。
家族は誰も起きていない。
簡単な朝食を済ませ、昨日まで何度も確認した荷物の再確認をし、4時40分に家を出る。家族を起こさないようにそっと家を出た。
外はまだ真っ暗。その上雨が降っている。我が家から駅までは徒歩五分。合羽を着る距離でもない。小走りに駅に向かうことに決めた。荷物を背負い、金剛杖を持つと、
「遍路だ!」
という気持ちになる。
新横浜で新幹線に乗り換える。
京都で長浜さんが乗ってくる計画になっている。それまで2時間は居眠りをしたり、遍路の地図を見たりして過ごす。雨は静岡を過ぎる頃から上がった。
京都駅で約束通り長浜さんが乗ってきた。1年ぶりの再会。
そこから岡山、そして在来線で伊予三島まで行く車中では、昨年の遍路の話、今年の遍路の予定などで話が盛り上がった。
長浜さんは、この遍路に備えて琵琶湖を1周歩いたそうだ。
私は昨年の遍路から帰ってきて、ほとんど歩くことはなかった。気持ちは休日にどこかを歩こうと思ったのだが、身体がダラダラ過ごす方を選んでしまったのだ。
はたして今回の遍路で長浜さんに付いていくことができるだろうか。
11時前に伊予三島駅に着いた。そこからタクシーで、昨年打ち止めした
三角寺に向かう。タクシーの運ちゃんに途中でコンビニに寄ってもらい昼食を調達する。
運ちゃんから興味ある話を聞いた。ある歩き遍路が
60番札所横峰寺まで歩いて辿り着いた。その山登りが辛く、帰りはタクシーを呼んだ。それ以後、歩く気力が全くなくなってしまい残りはすべてタクシーでまわったそうだ。いちど乗り物に乗ってしまうと歩く気力がなくなるという気持ちはよくわかった。私も前々回とその前の遍路では、台風や足の痛みのために交通機関を利用してしまった。その後、再び歩くのには相当な覚悟が必要だった。
65番札所三角寺に着いた。
本堂と大師堂に、これから結願に向けて歩き始めるということを報告した。その頃から雨が落ちてきた。東屋で昼食を広げる頃にはスコールのような雨足になった。そこには野宿で遍路をしている青年と、もう一人の歩き遍路がいた。しばし雑談する。同じ遍路という連帯感を感じるということは、遍路が始まったという証拠でもある。
雨の中、傘をさした団体のお遍路さんがたくさんお参りをしていた。
雨が小降りになった一時頃、私たちは出発した。
山の中の道を歩き始める。
笠をかぶり、杖をついて歩く。その感覚が心地よかった。
1時間ほど歩く。気持ちが高揚しているせいかで疲れを感じない。長浜さんと話しながら歩く。山に反響する杖や鈴の音を楽しみながら歩く。遍路に来たということを実感しながら歩く。
ゆらぎ休憩所に着いた頃は雨も上がった。そこで休憩する。ベンチに腰をかけて、靴を脱ぎ、足腰を伸ばす。歩いた後の休憩の気持ちよさも1年ぶりだ。
長浜さんは雨用にサンダルという新兵器を持ってきた。靴をリュックに入れてサンダルで歩く。
「足が蒸れないから気持ちいい。水たまりにもこれで平気で入っていけるぞ」
と歩きやすさを強調していた。たしかに気持ちよさそうに思えた。
椿堂に着くまでの間に、また雨が強くなってきた。ポンチョを着る。
椿堂で休憩しながら雨が小降りになるのを待った。
椿堂での納経料は歩きの遍路は無料。遍路に優しい番外札所という評判はその通りだった。
なかなか雨が小降りにならずに時間だけが過ぎる。私たちも覚悟を決めて歩き始めた。
椿堂までは歩き始めて7〜8キロ。そこから国道に出てからが長かった。
長浜さんは気をつかってくれて、
「休むか?」
と何度も声をかけてくれた。
最初は歩くことが楽しくて、
「だいじょうぶです」
と答えていたのだが、雨も激しくなり、疲労も限界に近づいてきた。情けないことに今の私の力は一〇キロが限界だと思い知った。
近くに屋根のあるバス停を見つけ、私から、
「休みましょう」
と声をかけた。
そうなんだ。歩くことは決して楽しいばかりではない。辛いことが多いのだということを思い出した。
やっと見えてきた新境目トンネル。
「ここまで来ればもう少し」
と長浜さんの声に励まされる。
長いトンネルを抜けると下りになる。雨も小降りになり、もう少しで宿だという安心感が元気を取り戻す。
県境の標識を見ると徳島県に入った。
66番札所雲辺寺は香川の札所として数えられているが、徳島県にあるのだ。
4時過ぎに民宿岡田に入る。
噂通りの民宿で、おやじさんが杖を洗ってれ、濡れた笠や雨具を干してくれた。それだけでなく、洗濯までしてくれた。
風呂に入ってゆっくりする。
夕食は私と長浜さんの他に、
三角寺で会った歩き遍路も一緒だった。
まずは遍路1日目を終えたことで、長浜さんとビールで乾杯する。
夕食は、おやじさんを中心に話が盛り上がり楽しく過ぎた。
今日は10キロでへばってしまい明日の雲辺寺の山越えが不安になるものの遍路が始まったという充足感いっぱいで床に入った。