不安を抱えながらの四国遍路。2003年から2006年の4年間の記録を毎週土曜日に追加更新でお伝えいたします。
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ついに結願、そして2周目の徳島へ
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今回の遍路、3年目に突入です。
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今回の遍路は息子さんとの親子2人旅です。
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初めてのお遍路を考えている方は、ぜひ一読スベシ!
作者紹介を兼ねてのメッセージ 大沢 栄
2003年8月5日。不安を抱えながら四国遍路に出発した。
第一番札所霊山寺の最寄り駅である板東駅の待合室で緊張しながら白衣に着替え遍路姿に変身したのがつい最近のことのように思える。
この本は最初に遍路に出た2003年から2006年までの記録である。
それまでの生活で、10キロも20キロも歩くことはなかった。その上、初めての土地。遍路のノウハウもよくわからなかった。全ての宿の予約をした。運悪く台風も直撃。足はマメだらけ。長期に渡る一人旅も経験がなかった。全てにおいて心細く、弱気になっていた。1年目には、歩く気力が萎えて、何度か交通機関も使った。
2年目は、当時小学生だった息子との二人旅。この年にも台風が直撃。アキレス腱を痛めるなど、完全歩行の目標を達することができなかった。
3年目以降は、前々回、前回の反省をふまえて全ての道程を歩くことだけを目標にした。
宿等の距離の都合で交通機関を使ったとしても、その場所まで戻って歩く。この目標は二周目を歩いている現在まで続いている。
毎年のように足を痛め、辛い思いをしながら歩く。それなのに、帰宅するとすぐにまた遍路に出たくなる。
遍路の魅力とは何だろう。
私は仕事の都合上、夏の遍路が多い。灼熱の四国だ。地元の人には、
「罰ゲーム?」
と聞かれたこともある。
「四国の夏をなめちゃいかんぜよ」
と言われたこともある。
行程は過酷だ。汗が噴出し、容赦なく太陽の光が襲いかかる。台風の時には、前に進めなくなるような風、数歩先も見えないような豪雨に襲われたこともある。
顔や体の皮膚が日焼けで痛み、擦りむけ、足はマメだらけになり一歩一歩に激痛が伴う。
そんな中、歩いている最中に出る言葉は、
「暑い!」「疲れた!」「痛い!」等々。
でも、遍路の最終日に近づくにつれて、淋しくなり、もっと歩きたいと心の底から思う。そして、翌夏までの一年間は遍路に出るのを楽しみに過ごすのだ。
人との出会いがいい。
遍路は基本的に一人で歩く。ひたすら歩く。そのために人恋しい。札所で、道中で、同じ遍路を見かけるとついつい声をかけてしまう。
「今日はどこから歩いているんですか?」
「今晩の泊まりはどこ?」
「暑いですね」
お互いに人恋しい遍路同士ということで、大概は話が盛り上がる。仲良くなる。歩く早さというのはそう変わらないので、たびたび顔を合わせるようになる。するとそこでも話す。語る。出身地はどこで、どんな仕事をしていて、家族のことなども、お互いに住所を教え合い、帰宅後も交流が続くこともある。
数日、顔を見かけないと心配になったりもする。
地元の人との語らいも楽しい。
「暑いのに大変だね」
「がんばってくださいね」
そんな一言で疲れが吹っ飛ぶという経験も何度もあった。
「麦茶でも飲んでいかない?」
「西瓜切ったから食べて行きなよ」
「みかんを持って行きな」
「(100円を手渡し)これでジュースでも買って」
四国ならではのお接待文化に触れることができる。恐縮する。でも、そんなことを伝えると、
「お遍路さんにあげているんじゃないよ。一緒に歩いているお大師さまに差し上げているんだから・・・」
と言われる。
歩いていると私に向かって手を合わせて拝む姿も見かける。ただの自己満足のために歩いている自分なのにと照れくさくもあるが、これは私ではなくお大師様に手を合わせているのだと自分を納得させる。
宿の女将さんが、立ち寄った食堂の親父さんが、遍路の今昔などを語ってくれるのを聞くのも楽しい。
自然との触れ合いがいい。
炎天下の中を歩いて、ちょっとした木陰を見つける。そこに腰掛ける。風が吹く。その肌で感じる心地よさ。
札所のベンチで休む。風で木々の触れ合う音が聞こえる。海辺で休む。波の音が聞こえる。
せみの声、雨の音、振り払っても襲ってくる虻の羽音、緑に包まれる安堵感、普段の生活では確実に聞き逃している、見逃している、感じ逃している、そんな自然が感謝とともに感じられる。
何も考えずに歩くのがいい。
普段のストレスから逃れ、何も考えずにひたすら歩くだけ。仕事の重圧、人との付き合いのわずらわしさ、どれもこれも何もない。暑いけれど、疲れるけれど、足が痛むけれど、それは自分自身のこと。宿に着いて、風呂に入れば、雲散霧散。おいしいビールを飲めば、跡形もなく消え去る。
さて、私は4周歩くのを目的にしている。そして歩いた証として、各札所からご朱印をいただく。その納経帳を4冊集めたい。
私には息子が3人いる。その一人ひとりに1冊ずつ渡し、親父の生きた証として残したいのだ。そして最後の1冊は棺桶に入れて貰う。それは極楽行きのチケットとして・・・。
これを残された息子たちには、いい迷惑かもしれないが・・・。
納経掛け軸は我が家の家宝として、未来永劫に子孫に受け継ぐよう女房には伝えておく。
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